県内視察:庄内編

「日本のスピリチュアル世界ヘの旅」 

朴 惠祥

 

「パワースポット」。

  最近よく耳にする流行りの言葉だ。テレビや雑誌で特集をするなど人気を増しているこの言葉は、外国人である私にはあまり馴染みがなかった。イマドキの人気スポットのことなのか、それとも何らかの力を持っている場所のことなのか。意味不明なこの言葉の謎を解くために、まずは某検索サイトを訪ねてみた。

「パワースポットとは、風水、気功やスピリチュアリティに基づいてオカルト的なエネルギーが  集中しているとされる場所のことである。パワースポットの「効能」や「根拠」には科学的根拠は全くなく、擬似科学の類とみなされている」(ウィキペディアより)

  なるほど!なんとなくわかる気がした。私の母国である韓国でも、昔から風水などを信じて土地を買ったり、建物を建てたりする文化が存在している。しかし、その文化は韓国の若者にはあまり浸透してはいない。そこで私は、日本のパワースポットがどうして一つのブームとして注目を浴びるようになったのか気になり始めた。

 

いざ、山形のスピリチュアル世界への旅へ

  秋の気配を感じさせる10月のある日、私は職場の人たちと一緒に、山形県庄内地方を巡る旅に 出かけた。同行したのは私と同じ国際交流業務に携わる中国、アメリカ、カナダからの交流員たちと、引率の職員の方。山形の情報を発信するための県内視察の名目だったが、私はプチ旅行のような気持ちで出発前からルンルン気分。

 

2,446段の石段で神様に繋がる「羽黒山」

  私たちがいちばん最初に向かったのは、山形有数のパワースポット「出羽三山」のひとつである  鶴岡市の羽黒山。山形市から車でおよそ1時間半走って辿りついたのは、羽黒山の麓に位置した「いでは文化記念館」。ここで案内をしてくださる山伏の成瀬さんと待ち合わせをした。山岳信仰に基づいて山を歩きながら修行する修験者のことを「山伏」と言うらしく、自分の職業や拠点を変えてまで出羽三山の‘パワー’に魅せられた彼の熱心な説明に耳を澄ました。

  昔から修験者たちの霊場として聖地化されてきた「出羽三山」は、羽黒山、月山、湯殿山の総称。それぞれ現在・過去・未来の山とされている。特に三山の表玄間である羽黒山の山頂には、三神を一堂に祀る「三神合祭殿」があることで、全国からの山伏や観光客が訪れるそうだ。しかし、三つの神様に一度に会うためには、それなりの努力が必要である。山頂まで、なんと2,446段の石段を登っていかなければならないのだ。2年前に1度登った経験のある私だが、これはなかなか簡単ではない‘修行’だった。しかし、1時間ほどの修行の道が苦痛にならなかったのは、三つの神様が私を待っているのと、石段に彫られている盃やとっくり、ひょうたんなどの絵を探す楽しさがあったためだった。33個以上の彫り物を見つけると、どんな願いも叶うとか!しかし、彫り物探しに夢中になりすぎて周りの立派な杉並木を見逃さないよう、くれぐれもご注意を。

 

人間が仏様に、「即身仏」

  出羽三山の三神合祭殿見学を終えた私たちは、次の目的地である「注連寺」へ向かった。ここでは、日本一の数を誇る山形の「即身仏」が見られるとのこと。案内を担当してくださった佐藤住職によると、衆生救済のために自らの体を捧げ、肉身のままで仏になることを即身仏と言う。内臓を全て除去し、人工的な方法でその姿になる西洋のミイラとは本質的に違う、日本独特の仏教信仰がよく表れているものなのだ。

  即身仏になるためには、身体が腐らないように何年も漆や木の実だけを食べ続けるという極限の 修行を行わなければならないそうだ。そのような苦行を果たして、私の目の前に即身仏の姿で座っているこの人は、いったい何がきっかけであの大変なことを決意するようになったのだろう。もう少し詳しい話が聞きたかったが、時間が迫ってきたのでそこでお別れをした。何はともあれ、このような即身仏が山形には全国でいちばん多い8つもあることで、この地は先祖の恵みを豊かに受け継ぎ、 そして結果として、日本でももっとも美しい自然環境を誇るようになったのではないかと思う。

 

語っても、聞いてもいけない「湯殿山神社」

 即身仏を後にして最後に向かったのは「湯殿山神社本宮」。色鮮やかな紅葉が綺麗に染まり始め、見ているだけでも癒されそうな湯殿山神社は、「語るなかれ、聞くなかれ」ともされる神秘的な御神体で有名だそうだ。「御神体」とは、神社の祭祀の対象になる存在のことで、それぞれの神社によってその形態が違い、鏡の場合もあれば、剣や玉や石・木など様々だが、湯殿山の御神体はその 形が特別だそうだ。見たことを人に話してはいけないくらいなので、写真撮影はもちろん禁止。

 御神体に行くためには、まず靴を脱いで裸足にならなければならない。冷たい石を踏みながら、恐る恐る進んで行ったその先には、言葉にならないほどの迫力を持った自然そのままの御神体が現れた。「語るなかれ、聞くなかれ」の謎が解ける瞬間だった。想像を超えた御神体のパワーに圧倒された私は、湯殿山神社を自分の中での「山形一押し観光スポット」として位置づけた。

 

  ここの御神体は、自然体そのもので、見るだけではなく直接体験(?)することもできる。あまり語りすぎると、せっかくいただいたパワーが効かなくなるかも知れないので、この辺で説明を終わらせていただきたい。 百聞は一見に如かず!ぜひ湯殿山に足を運んで、自分の目でその正体を確かめてほしい。

 

「パワースポット」、現代人の心が安らぐ場所

 今回の旅で、日本、特にここ山形では、昔からの山岳信仰が強く残っていて、さらにそれを守っていこうとする努力がとても素晴らしいと感じた。昔ながらの大自然の恵みや先祖の教えを大事にし、きちんと守っていくその姿は、追いつかないくらいの早さで進歩する科学技術や溢れる情報の中で、自分の居場所を見つけられていない現代の人々に心の安らぎを与えてくれているのではないかと思う。そして、その安らぎの場所が、いま流行りの「パワースポット」として注目されているのではないか。

 パワースポット、これは日本の独特なスピリチュアル文化が現代の人たちにどのように受け入れられているかがよく分かるキーワードなのだ。

 

 

 「パワースポット」。 

最近よく耳にする流行りの言葉だ。テレビや雑誌で特集をするなど人気を増しているこの言葉は、外国人である私にはあまり馴染みがなかった。イマドキの人気スポットのことなのか、それとも何らかの力を持っている場所のことなのか。意味不明なこの言葉の謎を解くために、まずは某検索サイトを訪ねてみた。 

「パワースポットとは、風水、気功やスピリチュアリティに基づいてオカルト的なエネルギーが  集中しているとされる場所のことである。パワースポットの「効能」や「根拠」には科学的根拠は   全くなく、擬似科学の類とみなされている」(ウィキペディアより) 

なるほど!なんとなくわかる気がした。私の母国である韓国でも、昔から風水などを信じて土地を買ったり、建物を建てたりする文化が存在している。しかし、その文化は韓国の若者にはあまり浸透してはいない。そこで私は、日本のパワースポットがどうして一つのブームとして注目を浴びるようになったのか気になり始めた。 

 

いざ、山形のスピリチュアル世界への旅へ 

秋の気配を感じさせる10月のある日、私は職場の人たちと一緒に、山形県庄内地方を巡る旅に 出かけた。同行したのは私と同じ国際交流業務に携わる中国、アメリカ、カナダからの交流員たちと、  引率の職員の方。山形の情報を発信するための県内視察の名目だったが、私はプチ旅行のような気持ちで出発前からルンルン気分。 

 

2,446段の石段で神様に繋がる「羽黒山」 

私たちがいちばん最初に向かったのは、山形有数のパワースポット「出羽三山」のひとつである  鶴岡市の羽黒山。山形市から車でおよそ1時間半走って辿りついたのは、羽黒山の麓に位置した  「いでは文化記念館」。ここで案内をしてくださる山伏の成瀬さんと待ち合わせをした。山岳信仰に基づいて山を歩きながら修行する修験者のことを「山伏」と言うらしく、自分の職業や拠点を変えてまで出羽三山のパワーに魅せられた彼の熱心な説明に耳を澄ました。 

昔から修験者たちの霊場として聖地化されてきた「出羽三山」は、羽黒山、月山、湯殿山の総称。それぞれ現在・過去・未来の山とされている。特に三山の表玄間である羽黒山の山頂には、三神を  一堂に祀る「三神合祭殿」があることで、全国からの山伏や観光客が訪れるそうだ。しかし、三つの神様に一度に会うためには、それなりの努力が必要である。山頂まで、なんと2,446段の石段を登っていかなければならないのだ。2年前に1度登った経験のある私だが、これはなかなか簡単ではない修行だった。しかし、1時間ほどの修行の道が苦痛にならなかったのは、三つの神様が私を待っているのと、石段に彫られている盃やとっくり、ひょうたんなどの絵を探す楽しさがあったためだった。33個以上の彫り物を見つけると、どんな願いも叶うとか!しかし、彫り物探しに夢中になりすぎて周りの立派な杉並木を見逃さないよう、くれぐれもご注意を。 

 

人間が仏様に、「即身仏」 

出羽三山の三神合祭殿見学を終えた私たちは、次の目的地である「注連寺」へ向かった。ここでは、日本一の数を誇る山形の「即身仏」が見られるとのこと。案内を担当してくださった佐藤住職によると、衆生救済のために自らの体を捧げ、肉身のままで仏になることを即身仏と言う。内臓を全て除去し、人工的な方法でその姿になる西洋のミイラとは本質的に違う、日本独特の仏教信仰がよく表れているものなのだ。

即身仏になるためには、身体が腐らないように何年も漆や木の実だけを食べ続けるという極限の 修行を行わなければならないそうだ。そのような苦行を果たして、私の目の前に即身仏の姿で座っているこの人は、いったい何がきっかけであの大変なことを決意するようになったのだろう。もう少し詳しい話が聞きたかったが、時間が迫ってきたのでそこでお別れをした。何はともあれ、このような即身仏が山形には全国でいちばん多い8つもあることで、この地は先祖の恵みを豊かに受け継ぎ、 そして結果として、日本でももっとも美しい自然環境を誇るようになったのではないかと思う。

 

語っても、聞いてもいけない「湯殿山神社」

 即身仏を後にして最後に向かったのは「湯殿山神社本宮」。色鮮やかな紅葉が綺麗に染まり始め、見ているだけでも癒されそうな湯殿山神社は、「語るなかれ、聞くなかれ」ともされる神秘的な   御神体で有名だそうだ。「御神体」とは、神社の祭祀の対象になる存在のことで、それぞれの神社によってその形態が違い、鏡の場合もあれば、剣や玉や石・木など様々だが、湯殿山の御神体はその  形が特別だそうだ。見たことを人に話してはいけないくらいなので、写真撮影はもちろん禁止。

 御神体に行くためには、まず靴を脱いで裸足にならなければならない。冷たい石を踏みながら、  恐る恐る進んで行ったその先には、言葉にならないほどの迫力を持った自然そのままの御神体が現れた。「語るなかれ、聞くなかれ」の謎が解ける瞬間だった。想像を超えた御神体のパワーに圧倒された私は、湯殿山神社を自分の中での「山形一押し観光スポット」として位置づけた。

 

ここの御神体は、自然体そのもので、見るだけではなく直接体験(?)することもできる。あまり語りすぎると、せっかくいただいたパワーが効かなくなるかも知れないので、この辺で説明を終わらせていただきたい。

百聞は一見に如かず!ぜひ湯殿山に足を運んで、自分の目でその正体を確かめてほしい。

 

「パワースポット」、現代人の心が安らぐ場所

 今回の旅で、日本、特にここ山形では、昔からの山岳信仰が強く残っていて、さらにそれを守っていこうとする努力がとても素晴らしいと感じた。昔ながらの大自然の恵みや先祖の教えを大事にし、きちんと守っていくその姿は、追いつかないくらいの早さで進歩する科学技術や溢れる情報の中で、自分の居場所を見つけられていない現代の人々に心の安らぎを与えてくれているのではないかと 思う。そして、その安らぎの場所が、いま流行りの「パワースポット」として注目されているのではないか。

 パワースポット、これは日本の独特なスピリチュアル文化が現代の人たちにどのように受け入れられているかがよく分かるキーワードなのだ。

 

 

 「パワースポット」。

最近よく耳にする流行りの言葉だ。テレビや雑誌で特集をするなど人気を増しているこの言葉は、外国人である私にはあまり馴染みがなかった。イマドキの人気スポットのことなのか、それとも何らかの力を持っている場所のことなのか。意味不明なこの言葉の謎を解くために、まずは某検索サイトを訪ねてみた。

「パワースポットとは、風水、気功やスピリチュアリティに基づいてオカルト的なエネルギーが  集中しているとされる場所のことである。パワースポットの「効能」や「根拠」には科学的根拠は   全くなく、擬似科学の類とみなされている」(ウィキペディアより)

なるほど!なんとなくわかる気がした。私の母国である韓国でも、昔から風水などを信じて土地を買ったり、建物を建てたりする文化が存在している。しかし、その文化は韓国の若者にはあまり浸透してはいない。そこで私は、日本のパワースポットがどうして一つのブームとして注目を浴びるようになったのか気になり始めた。

 

いざ、山形のスピリチュアル世界への旅へ

秋の気配を感じさせる10月のある日、私は職場の人たちと一緒に、山形県庄内地方を巡る旅に 出かけた。同行したのは私と同じ国際交流業務に携わる中国、アメリカ、カナダからの交流員たちと、  引率の職員の方。山形の情報を発信するための県内視察の名目だったが、私はプチ旅行のような気持ちで出発前からルンルン気分。

 

2,446段の石段で神様に繋がる「羽黒山」

私たちがいちばん最初に向かったのは、山形有数のパワースポット「出羽三山」のひとつである  鶴岡市の羽黒山。山形市から車でおよそ1時間半走って辿りついたのは、羽黒山の麓に位置した  「いでは文化記念館」。ここで案内をしてくださる山伏の成瀬さんと待ち合わせをした。山岳信仰に基づいて山を歩きながら修行する修験者のことを「山伏」と言うらしく、自分の職業や拠点を変えてまで出羽三山の‘パワー’に魅せられた彼の熱心な説明に耳を澄ました。

昔から修験者たちの霊場として聖地化されてきた「出羽三山」は、羽黒山、月山、湯殿山の総称。それぞれ現在・過去・未来の山とされている。特に三山の表玄間である羽黒山の山頂には、三神を  一堂に祀る「三神合祭殿」があることで、全国からの山伏や観光客が訪れるそうだ。しかし、三つの神様に一度に会うためには、それなりの努力が必要である。山頂まで、なんと2,446段の石段を登っていかなければならないのだ。2年前に1度登った経験のある私だが、これはなかなか簡単ではない‘修行’だった。しかし、1時間ほどの修行の道が苦痛にならなかったのは、三つの神様が私を待っているのと、石段に彫られている盃やとっくり、ひょうたんなどの絵を探す楽しさがあったためだった。33個以上の彫り物を見つけると、どんな願いも叶うとか!しかし、彫り物探しに夢中になりすぎて周りの立派な杉並木を見逃さないよう、くれぐれもご注意を。

 

人間が仏様に、「即身仏」

出羽三山の三神合祭殿見学を終えた私たちは、次の目的地である「注連寺」へ向かった。ここでは、日本一の数を誇る山形の「即身仏」が見られるとのこと。案内を担当してくださった佐藤住職によると、衆生救済のために自らの体を捧げ、肉身のままで仏になることを即身仏と言う。内臓を全て除去し、人工的な方法でその姿になる西洋のミイラとは本質的に違う、日本独特の仏教信仰がよく表れているものなのだ。

即身仏になるためには、身体が腐らないように何年も漆や木の実だけを食べ続けるという極限の 修行を行わなければならないそうだ。そのような苦行を果たして、私の目の前に即身仏の姿で座っているこの人は、いったい何がきっかけであの大変なことを決意するようになったのだろう。もう少し詳しい話が聞きたかったが、時間が迫ってきたのでそこでお別れをした。何はともあれ、このような即身仏が山形には全国でいちばん多い8つもあることで、この地は先祖の恵みを豊かに受け継ぎ、 そして結果として、日本でももっとも美しい自然環境を誇るようになったのではないかと思う。

 

語っても、聞いてもいけない「湯殿山神社」

 即身仏を後にして最後に向かったのは「湯殿山神社本宮」。色鮮やかな紅葉が綺麗に染まり始め、見ているだけでも癒されそうな湯殿山神社は、「語るなかれ、聞くなかれ」ともされる神秘的な   御神体で有名だそうだ。「御神体」とは、神社の祭祀の対象になる存在のことで、それぞれの神社によってその形態が違い、鏡の場合もあれば、剣や玉や石・木など様々だが、湯殿山の御神体はその  形が特別だそうだ。見たことを人に話してはいけないくらいなので、写真撮影はもちろん禁止。

 御神体に行くためには、まず靴を脱いで裸足にならなければならない。冷たい石を踏みながら、  恐る恐る進んで行ったその先には、言葉にならないほどの迫力を持った自然そのままの御神体が現れた。「語るなかれ、聞くなかれ」の謎が解ける瞬間だった。想像を超えた御神体のパワーに圧倒された私は、湯殿山神社を自分の中での「山形一押し観光スポット」として位置づけた。

 

ここの御神体は、自然体そのもので、見るだけではなく直接体験(?)することもできる。あまり語りすぎると、せっかくいただいたパワーが効かなくなるかも知れないので、この辺で説明を終わらせていただきたい。

百聞は一見に如かず!ぜひ湯殿山に足を運んで、自分の目でその正体を確かめてほしい。

 

「パワースポット」、現代人の心が安らぐ場所

 今回の旅で、日本、特にここ山形では、昔からの山岳信仰が強く残っていて、さらにそれを守っていこうとする努力がとても素晴らしいと感じた。昔ながらの大自然の恵みや先祖の教えを大事にし、きちんと守っていくその姿は、追いつかないくらいの早さで進歩する科学技術や溢れる情報の中で、自分の居場所を見つけられていない現代の人々に心の安らぎを与えてくれているのではないかと 思う。そして、その安らぎの場所が、いま流行りの「パワースポット」として注目されているのではないか。

 パワースポット、これは日本の独特なスピリチュアル文化が現代の人たちにどのように受け入れられているかがよく分かるキーワードなのだ。

 

 

「忘れられない山岳の旅」

 祁 洋

 

 平成22年10月5日、山岳信仰を学ぶ視察に参加した。出発した山形市では天気が良かったが、車が庄内地方に近くなるにつれて曇ってきて、最後には雨が降り出してきた。でも、私の気持ちは雨には影響されず、期待で一杯であった。

 

 出発から一時間半が過ぎ、一番目の視察場所である羽黒山に着いた。そこでは、鶴岡市羽黒町観光協会の観光推進員で山伏でもある成瀬さんが随行し説明してくださった。羽黒山の歴史や国宝の五重塔は仕事の関係で見学したことがあったが、今回は2,446段の石段を登り山頂まで登頂したことが強く印象に残った。私は普段、何も運動しておらず、全身運動不足の典型代表であったことから、2,446段の階段は私にとって厳しい試練であった。一緒に参加した韓国、アメリカ、カナダの国際交流員が成瀬さんとともに軽快に登っていたが、私は体力不足で、だんだん遅くなり、登ったり休んだりした。二ノ坂の茶屋に着いた時、突然雨が降ってきたが、一緒にいる仲間が私に傘を差してくれた。雨が降ったが、雨の中の羽黒山の景色も特別の魅力を持っており、神や仙人の住む所にいるような感じがした。今度の体験を通して、これからは体を鍛えたいと思った。

 

 山頂駐車場の食堂で昼ごはんを食べた後、路線バスで「いでは文化記念館」で車に乗り換え、次の視察場所である注連寺へと向かった。注連寺では、佐藤住職が私達に寺の歴史と特徴を説明してくださったが、宗教についての説明は正直、殆ど聞き取れなかった。でも、私は即身仏と天井絵画に引き付けられた。特に、「天空の扉」という天井絵画は、見る角度によって色合いや印象が全く違って見えた。

最後に湯殿山神社本宮を視察した。行く途中の道では、山の風景に引き付けられた。山肌が深紅に染まる秋なので、遥かに連成る山々は秋の表情に変わってきていた。湯殿山神社本宮には、桃源郷のような印象を持った。空気も甘い感じがした。ここは撮影禁止なので、写真を撮ることができないことが、とても残念だった。本宮の御神体に参詣するためには、まず裸足にならなければならない。裸足で冷たい石の道を歩くと少し寒気がした。御祓いを受けてから、御神体に参詣した。企画広報室長の吉住さんが説明してくださった。一年中、熱い湯が湧き出ている大きな岩を見て、大自然の力を感じ、思わず呼吸も小さくなってきた。それは、ここの静けさを破ってしまうことを心配したからである。本宮では、息子に学業進歩のお守りを買ってあげた。

 

 一日の行程が終わり、空が段々暗くなってきた。将来、もしチャンスがあれば、息子を連れて今日行った場所をもう一度見学できたらいいと思っている。息子に自分自身で大自然の魅力を感じさせ、大自然を尊重し、大切にできれば嬉しい。大自然は命の元である。

 

「山の向こうのもうひとつの伊勢」

 アレックス・シオバ

 

「江戸時代、出羽三山への巡礼は伊勢神宮への巡礼と同じように盛んで、とても大事なことでした。」ということを聞いてから、とても面白い一日が始まった。今回の視察では、日本人と神道と間にあるつながりについてたくさん学んだ。そして、自分についても学んだ。山形県の庄内地方にある出羽三山の中の2つの山を訪れ、忘れがたい経験をたくさんすることができた。

 

 その日、最初に行ったのは羽黒山だった。同僚と一時間半車の中で過ごした後、車を出たら小さい博物館のような建物があった。道の向こうには小さくて古そうな建物がいくつかあって、それ以外は目立つものがほとんどなかった。私の経験上、日本を旅しているときは外見とか先入観を気にしないで、スポンジのように経験を吸い取ることが一番効果的だ。だから、その何もないところの中には何かすごいものがあると信じていた。博物館に入ると、そこでその朝のツアー・ガイドに会った。背が低い若い男性で、足袋から頭のバンダナまで服は全部白かった。彼の杖がちょっとだけ権威を感じさせたが、彼の優しそうな声と足取りで本当の性格が分かった。彼は成瀬さんという山伏だった。

 

 自己紹介をしてから博物館を出た。博物館の向かいにあった小さい建物は昔、巡礼者が泊まっていたところ(宿坊)だと分かって、成瀬さんは知識をたくさん持っている、ということがすぐに分かった。江戸時代、巡礼者は日本中から御参りをしに羽黒山を含む出羽三山に来ていた。道路のもうすこし先を歩くと、森の中から大きい鳥居が現れた。数分前の誰もいない状況からたくさんの人が現れた。成瀬さんの説明で、出羽三山は昔の巡礼者にとって伊勢神宮と同じように大切で、神道の中でとても神聖なところだということが分かった。私たちは鳥居を通って山を登り始めた。

 

 羽黒山に登るとき、最初に上ではなくて、下に行かなければならない。なぜかというと、魂を綺麗にするには、まず地獄に落ちなければならないという考え方があるから、と成瀬さんがおっしゃった。そのときすぐ思い出したのは、大学時代に受けた剣道の授業の先生の話だった。「剣道を理解するためには、まず練習を通じて地獄に落ちろ!」とおっしゃっていた。私はもう剣道をやめたが、その言葉はまだはっきりと心に残っている。

 

 下り坂の一番下まで行くと、綺麗な川が流れていて、それから小さい滝が川に水を落としていた。滝の流れの先に不自然なカーブがあった。滝もそのカーブも人工のものだ、ということが分かった。鳥居はその手前と向こうで神聖な世界と世俗の世界を分けていると言われているが、この滝とカーブを作った理由は、その区別をもっとはっきり見せるためだった。これで巡礼者は、先にあるのは別の世界だということがよく分かる。

 

 もう少し進むと、大きい塔が見えた。それは有名な五重塔だった。東京の浅草などで塔を見ると、すごく立派な感じがするのだが、この塔はシンプルで、歴史を感じさせた。巨大な木に囲まれていて、荘厳に立っていた。成瀬さんの話では、その塔が再建されたのは650年前だったが、最初に建てられたのは一千年以上前とのことだった。昔は周辺に塔がもっとあったが、現在は、その五重塔だけが残っていた。

 

 山を登っていると、雨が降りだしてきた。雨が秋の葉にぶつかる音やどんどん濃くなる霧で、神秘的な感じが出た。成瀬さんと会話がたくさんできた。その中のひとつは出羽三山の将来についてだった。「ここは素敵なところです」と。「長野にも美しいものがたくさんあった。だけれど、山形はまた特別のところです。」残念ながら、観光客が少ない理由はアクセスの問題だということだった。山形市まで新幹線で行って、それから2時間ぐらいのバスに乗らなければならない。これでは、出羽三山には近いところの住んでいる人とかなり献身的な巡礼者しか来ない。確かにそのとおりだ。先日、東京に行って、留学時代の友達と会ったとき「出羽三山って聞いた事ある?」と聞いたら、誰も知らなかった。その友達を山形に呼んで、出羽三山に連れて行くことを楽しみにしている。

 

 1時間半登った後、やっと目的地に着いた。そこには私が思ったより大きい神社(三神合祭殿)があった。三神合祭殿は、今まで私が見たことのある神社と似ていたが、出羽三山に関する歴史について学んでいたので、より権威を感じた。150人の高校生が神主に御祓いを受けている間、私たちもそこで参拝した。

 

 山伏の成瀬さんと別れてバスで山を下った。もっと時間があれば、その美しい階段を彼とともに自分の足で下りたかったが、その日、もっとすばらしい経験が私を待っていた。

 

  羽黒山を訪れて、文化的な意味でそれ以上に日本らしいものを見ることはできないだろう、と思っていた。しかし、それは大きな間違いだった。

次の注連寺というお寺では、これまで見たことのないものに出会った。それは、ミイラだった。しかし、一般的に思い浮かぶミイラではなく、仏教のお坊さんが自分自身をミイラにした「即身仏」だった。最期の数年は毎日漆を少しずつ飲み、内蔵を石化していった。そして最後はゆっくりと座って、瞑想して、亡くなった。

「上を見てください」と言われ、それから半時間天井に描かれた絵を見ていた。各天井絵画は見る角度によって絵の主題が変わり、それぞれは何かの迷信と関係がある。とても面白いと思った。1000年以上の歴史の間に、注連寺が何回も閉鎖してしまった、とお坊さんのガイドの佐藤さんは語った。その際、お寺は壊されずに残っていて、お布施などでお金が集まるとまた開かれる、というように何回も再開されたと佐藤さんが言った。一番最近に再開されたとき、ひとつの部屋の天井をたくさんのタイルに分けて、そのタイルにひとつずつ違うデザインが描かれていた。モーツァルトからビートルズまで、たくさんのデザインがあった。千年以上残っている飾りの隣にそんなにモダンなデザインを見て、とても面白いと思った。

注連寺で一番面白いと思ったのは、たくさんの日本の日常的な行為や習慣の元は仏教に関係があることだった。振り返ってみると彼の話している言葉をもう少し理解できればよかったように思う。だからこそ、次に行くときをとても楽しみにしている。

 

  最後に出羽三山の3つ目の湯殿山に行った。行く前に神社の構内は撮影禁止になっていることを聞いた。これを聞いただけで、行くのがとても楽しみになった。

山に着くと、神社の入口に向かって出発した。入る前に靴と靴下を脱ぐように言われた。それから、お祓いをしてもらって、最後に人間の形をした小さい紙を使って自分の体を拭いた。この紙を水に流して、やっと神社に入った。

 

  神社の中にあったもの、それは説明できない。もちろん読者の皆さんに説明したいが、その神社は神聖なところで、そこにあるものは行った事のない人に言うことが禁止されている。ただ、言えることはすごく感動した、そして一生ずっとその神社を覚えているだろうということ。自分の魂を自然と調和させるためだけでも、僕も巡礼者になって、毎年あそこに戻りたいと思った。普段見ることができないところを視察することができて、とても光栄だと思う。次の県内視察も楽しみにしている。

「山と人の繋がり」

李 怡声

 

「西洋人は山を征服しようとするが、東洋人は山を鑑賞する」という言い方を聞いた事がある。今回の視察で、この言葉の意味が心に染みた。

 

山と言えば、今までの私は、「大自然」という言葉ぐらいしか頭に来なかった。「山登りは好きか」と聞かれたときは、いつも中途半端な答えで流していた。山登りなんて、「きれいな風景な中でする運動に過ぎないだろう」とも思ったりしていた。山形は出羽三山で有名である事は知っていたが、正直、山の文化や歴史などには大して興味はなかった。そんな私の観念を完全に変えたのが、今回の庄内視察だった。今までの自分の無知さに気付くことができ、山伏や山岳信仰などの新しいコンセプトに出会える事もできた。

 

羽黒山は私が山形に来てから、初めて登った山である。2,446段の石段を登るのは予想以上に苦労した。そのおかげで、山頂にたどり着いたときはもの凄い達成感を感じた。その  感覚は、自分が普段感じている達成感とはひと味違っていた。まるで、自然と一体になったような気分だった。山伏とも出会う事もでき、彼らの根性の強さに感心した。人間の生き方も本当に様々であるという事にもあらためて気付いた。山の静けさの中で、ぽつぽつ降る雨に  濡れながら穏やかな口調で私たちに山伏と羽黒山について語ってくれた山伏の成瀬さんの姿を見つめていると、何か言葉で表せないものを感じずにはいられなかった。

 

さらに印象深かったのは湯殿山。不可知論者である私は、これまで「神聖」といえるような経験なんてなく、自分が神のような存在と繋がりを感じることさえとてもありえないことだと思った。しかし、この神秘な世界では、宗教に限らず、誰もが自然の中にいる神を感じることができるという事を教わった。それが正に自然の偉大さであると私は感じた。よく考えてみれば、人間の命は自然の水や酸素や植物に支えられていて、私たちは自然と共に生きている。こんな当たり前なことにも久しぶりに思い出された。

 

この視察のおかげで、私は山形という場所を違う視線で見ることが出来るようになった。ここの山岳景観は、自然美だけではなく、信仰にも満ちているものだということを心と体で感じる事が出来た。私のイメージの中の山形の県民はとても落ち着いていて、性格は穏やかで優しい。こういった山形人の性格も、この恵まれた自然風土の中で育まれたものなのかもしれない。山形の自然はきっと、地元の住民にとって、欠かせない精神文化の一部であるだろう。こんな山形の自然と文化に囲まれて生活できる自分はものすごく幸運だと思う。

 

この日以来、私はベランダに立つたび、周りの山を少し長く眺めるようになった。

 

 

 

 

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