木
16
2月
2012
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金正垠
雪が降ってから初めて山形地域を離れた。しかも、山形県内で一番雪が多い最上地域に!
山形市内から離れるにつれて、どんどん雪の積雪量が増えていくのを感じることが出来た。最上地域に近づくと道路側の雪は高くなっていって、除雪車が何台も見えた。韓国にも雪は降るし、除雪車もあるが、実際に見たことはなかった。山形に来てからは、個人用の小さい除雪機から巨大な除雪車まで種類別に見ることができる。
ただ綺麗に雪が降ったらいいけど、豪雪と一緒に風が~おかげで視野は自然モザイク処理になる。シートベルトをしっかり締めて早く最上に着くように願った。でも、運転手さんはナイス・ドライバー!目的地まで安全に連れて行ってもらった。ありがとうございます。 (__)
船着場に着いて積雪量に一度驚いて、上に見える大きいツララにもう一度驚いた。子供達はツララで刀遊びするけど、あのツララでは無理だ。両手で持つのも大変そうに見える。
船着場の中に入ったら、なじみのある香りがした。それは玉こんとも呼ばれる山形の名物、玉こんにゃくだった。山形の観光地では、どこでも売っているものだ。醤油で煮込んだ丸いこんにゃくを串に刺して食べるものだが、100円ぐらいで安くて、気軽に食べれる人気のグルメだ。
冬は屋台みたいな屋根もあって、コタツもあって天井には温かい空気が出てくる筒も付いている船に乗る。だからか、私のアパートより暖かい。そして、最上川船下りのマスコットだと言える船頭さんもいて船下りする間に素敵な歌を歌ってくれる。船頭さんは色んな方がいて、みんな個性的なキャラを持っている。今日の船頭さんは渋さNo.1の方だった。
冬なので川には氷がぷかぷか浮かんでいたが、かちかちに凍ってはいなかった。近くでは分からなかったが、遠くからみたら、浮かんでいる氷がまるでウキクサのように見えた。小学校の科学の時間に教えてもらったウキクサが今も記憶に残っているのが不思議だった。
白黒の色が作り出した冬の景色も素敵だが、秋は赤・黄色~夏は緑~季節ごとに色が変わる最上川の景色を鑑賞するのも一つの楽しみだ。
金
10
2月
2012
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ジャスミン・リー
最上川舟下り
最上川舟下りを経験したのは実は今回で3回目でしたが、最上川での雪景色を見るのは初めてでした。「こんな天気じゃ、もう船も運行しないだろう」というくらいの雪の中、私たちは「貸し切り」でこたつ付きの舟に乗りました。一見、地味に見える舟ですが、舟の中が自分のアパートよりも暖かかったことに感心しました。船頭さんが20人もいるので、私は3回とも違う船頭さんに案内してもらいました。案内トークもそれぞれ皆さんの個性が表れていて、面白かったです。同じ内容のトークを毎日楽しそうにやっている船頭さんたちは本当にえらいなぁ、と思いました。次に乗船するときは、春のサクラを見ながら、「癒しNo.1」の女性船頭さんに案内してもらいたいです!
高麗館
山形県で本格的な韓国料理が食べられると聞いたときはとても興奮しました。しかし、残念なことに私たちが高麗館を訪問した日は丁度「食文化館(レストラン)」の定休日でした。結局、私たちは物産市場で韓国からの輸入商品を見てファーストフード店で海鮮チヂミを食べました。
もちろん、高麗館の魅力は「食」だけではありません。雪に埋もれながらも、高麗館の鮮やかな屋根はとても魅力的でした。ここも雪が解けた時にもう一度訪れたいです!
最初は、なぜ戸沢村のようなところに韓国のテーマパークがあるのだろう、と疑問に思いました。話によると、このテーマパークは1985年に作られ、国際結婚が進展していく中、国際化と韓国文化への関心を高めることを目的としているそうです。田舎だからこそ、高麗館のような地元の人と海外からやってきたお嫁さんを結びつける施設は重要な役割を果たしていると感じました。
肘折温泉
肘折温泉は文化、歴史、自然があふれる町です。この温泉は807年に発見され、山形県内で3番目に古い温泉なのです。
私が一番興味深く感じたのは、肘折温泉では旅館内に売店がないことです。こうした構造になっている理由は、肘折の人々が「旅館はお部屋、道路が廊下、商店が売店」というように町全体を一つだと考えてきたからだそうです。
肘折温泉は全国で1、2位を誇る豪雪地帯と言われていますが、実際に行ってみると、まさに「雪国」でした。こんな厳しい環境の中で生活する住民たちの姿がたくましく見えました。
肘折温泉のたくさんの魅力を是非いろんな人に見てほしいです。
木
05
1月
2012
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金正垠
山形に来る前にインターネットで「山形」を検索した時、一番多く出てきた情報が蔵王だった。ほとんどが蔵王スキー場の情報で、蔵王と言ったら私にはスキー場のイメージだった。しかし、蔵王のシンボルは「お釜」だろう。お釜は蔵王の頂上にある噴火口の湖で、周りが約1.5km、最大水深25mで非常に大きい規模だ。湖の色も太陽によって何回も変わることから、「五色沼」というあだ名が付けられたそうだ。
お釜のエメラルド色が穏やかな雰囲気だからか、写真だけで見たら暖かくてのどかな天気の中で見れるのだろうと予想したが、お釜はそうあまくなかった。天気が良いから綺麗に見れるだろうと期待して、ひたすら登ったら失敗するかも知れない。山の天気は変わりやすいからだ。私が行った日もふもとの天気は晴れだったが、頂上に行くにつれて急変した。気温が急激に下がって、真冬の格好をしていたのにすごい寒さで体がぶるぶる震えた。しかも、視野が確保できない位に霧が濃くなってきた。
それで、一旦諦めて下ることにした。登る時は歩いて登ったが、下る時には「おもひでぽろぽろ」にも出てた、あのリフトに乗って行った。安全レバーやベルトがなかったからか?かなりスリルがあった。
理由は分からないが、蔵王はジンギスカンでも有名らしいということで食べることにした。ジンギスカンは羊肉の料理の名前だ。羊肉は臭くて苦手な人が多いという話を聞いたことがあって、味にうるさい私にはどうかなと心配だった。でも、意外と特有のソースで臭いにおいはしなかったし、すごく柔らかかった。
さらにまた、蔵王は硫黄温泉でもよく知られていて、ふもとには温泉が集まっている「蔵王温泉街」がある。温泉が豊富なところだからか、無料の足湯が多い。歩いて疲れたら、足湯につかると良い。足湯で一休みしてから、空を見上げたら、何だか頂上も晴れている良い予感がして、リベンジしてみた。
再び登った蔵王の頂上には先の曇っていたところなのか?という疑問が湧くぐらいに、まったく違う景色だった。たしか目の前にあるはずだったのに霧で見えなかったお釜が綺麗に見えたのだ。わずか何時間前の曇っていた景色と今の景色、そのギャップに驚いたし、お釜が吐き出す壮麗さにまた驚いた。私がもっと高いところで眺めていたのに、まるでお釜が遥か高いところから私を見下ろしているような気がしたのは何でだろう。
火
27
12月
2011
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金正垠
前回の最上地域に続いて、今回は山形南部の置賜地域の米沢市に行ってきた。米沢は米沢牛や上杉神社などでよく知られている所だ。今日の上杉まつりも米沢の名物の一つだが、本来毎年4月に行われる祭りを今年は3月の大震災の影響で9月に延期した。9月の中旬だと涼しくて気持ちいい秋の天気の中で祭りを楽しめるのだろうと思ったが、真夏の天気で気温が30度を超えた。でも、やはり米沢の有名な祭りであるからか、暑さにも関わらず市内はものすごい人々だった。
9月18日から25日まで様々なイベントが開かれるが、18日は「川中島合戦」が行われた。川中島合戦は戦国時代の最大の死闘といわれていて、上杉軍と武田軍が衝突する合戦で、甲冑を着た約700人の軍勢が登場する、かなり迫力のあるイベントだ。緊張感あふれる背景音楽と、ダイナミックな戦うシーンを見ていたら、まるで戦国時代にタイムスリップしてきた気分になれる。特に、このイベントのハイライトである上杉陣が川を越えて武田陣を攻撃するシーンは見所だ。松川河川敷を背景に行われて、本当に川を越えてくるからだ。
このイベントは申し込めば一般人も参加できる。だからか、金髪の西洋人もけっこういた。おそらく、外国人にとっては興味深いイベントだからではないかな?
金
25
11月
2011
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金正垠
山形県は、大きく置賜・村山・最上・庄内の四つの地域に分かれている。今日はその中で山形の北東にある最上地域の新庄に行ってきた。新庄まつりの華とも言える山車(屋台)パレードを観るためだ。一緒だった知人は、「新庄は山形新幹線の終着駅である新庄駅がある所だけど、実は街に人があまりいない、ものすごく静かな街だ。でも、新庄まつりの日になると、ここが私が知っていたあの新庄かよ~と思うくらい賑やかになる。」と言った。
新庄まつりは、毎年8月24日から26日までの3日間にわたって開かれる。山車パレードは初日の24日に行われる。山車は歌舞伎や歴史物語の名場面を再現したもので、等身体の人形や龍、花の木などで派手に飾られているのが特徴だ。
パレードが始まる前に、去年選ばれた優秀山車を展示している、「新庄ふるさと歴史センター」に寄った。展示場に入った瞬間、山車の大きさと派手さに圧倒された。山車に近づいてみると、人形があまりにも人間にそっくりで怖かった。それほど人形は精巧な技法で作られていた。調べてみたら人形だけは専門家が作るのだそうだ。だが他の部分は、アマチュアの市民達が作ったということを聞いて、もっと驚いた。このように新庄市民がこのまつりを楽しんで愛してきたおかげで250年間続いてきたのではないのかなと思った。
午後7時になると、20台の山車が新庄市内をパレードするが、夜の山車パレードのきらびやかさは言葉にはできないくらいだった。新庄ふるさと歴史センターで見た山車も十分華やかだったが、やっぱり夜に光に彩られてもっと華やかになった山車は美しかった。今年の夏は、花火のシーズンに韓国に行っていて花火を見れなかったが、代わりにこのように動く夜景を見ながら夏を素敵に終えて良かった。
金
11
11月
2011
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金正垠
山形の一番の観光名所だとおそらく「山寺」が挙げられるだろう。山寺は魅力が溢れている所だからこそ、多くの人に愛されている所だ。
JR山寺駅から5~10分歩けば山寺に着く。5~10分歩いて山寺の頂上まで行けるのではなく、山寺の入口に着くということだ。駅から入口まで歩いていく途中に、インターネットで見た‘あれ’を見つけた!それは「参拝路」だった。山寺のレビューを書いた韓国ブロガーのほとんどは、「参拝路」のことを書いたからだ(「参拝路」の韓国語表記が間違っている)。たぶん、このかわいい韓国語のおかげで山寺が記憶に残るかも知れない。
山寺はなんと1015段の階段があるから大変だが、ボランティアガイドさんに案内してもらいながらゆっくり登った。余裕を持って登ると、約1時間半で登れる。急いで登ると疲れるだけでただの山登りになると思う。
山寺は松尾芭蕉という日本の有名な俳句の詩人のおかげで有名になったと言う。彼が東北地方を旅して書いた紀行文の中で有名な句、「閑さや岩にしみ入る蝉の声」がある。これは山寺を訪ねて感じたことを俳句で表現したもので、日本ではかなり有名らしい。最近、テレビに松尾芭蕉をテーマにしたCMに山寺が出てたりもした。
今日のハイライトは五大堂である。汗をかきながら頑張って登った五大堂には、山のふもとでは感じることが出来なかった涼しい風が吹いていた。気持ちいい風の中で見下ろす山形の風景は、松尾芭蕉の俳句の通りに、静かで穏やかだった。
このように山形の自然風景は、派手ではなく、穏やかところが一番の魅力だと思う。
金
30
9月
2011
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金正垠
山形にはそば打ち体験が出来る所がいろんな所にある。その分山形はそばが美味しくて有名な所だ。私は韓国でもよくそばを食べたりしたし、好きな食べ物を聞かれたら「そばです!」と答える程大好物だったので、山形に来てこの県の名物の一つはそばだということを知ってとても嬉しかった。
今日は月山あさひにある「大梵字」という所に行ってきた。山形から車で約1時間30分かけて着いた「大梵字」は、「私今日本にいるんだな~」という実感をたっぷりとさせる雰囲気の建物だった。こういう建物で関心する自分に気づいて、どうして外国人が韓国の韓屋や古宮などを観て楽しむかについて、今になって分かる気がした。
予約した時間にちょうど合わせて到着したので、すぐ手を洗ってそば打ちをする準備をした。(大梵字ではここ、あさひ産のそばを使用するんだそうだ。)
いざ、そば打ち始めましょうか!
そばは先にそば粉の練りから作りはじめるが、練りをする器がものすごく大きくて、まるでキムチを漬ける時に使うたらいみたいだった。
そば粉をまぜあわせる時には、ただまぜるのではなく、まるで指をくま手みたいにしてまぜあわせるのがポイントだ。
そして水を入れる時も最初と中間、最後に分けて入れないといけないし、水の量も少しずつ変えないといけない。特に水の量の調節が一番重要なポイントで、そこは先生に助けてもらった。
そばは食べる時はするする食べれるけど、作る時はかなりややこしい食べ物なのだ。手間がかかる食べ物であるほど美味しいと聞いたが、やはりそばが美味しい理由はここにあったかと納得した。
練りが終わってからは四角く伸ばしていった。そうしないと、たたんで切る時にきれいにできないからだ。切る時はそば専用の包丁で切っていった。初めて見た時、包丁がすごく脅威的な形をしていてびっくりした。普段はこういう形の包丁は見ることも使うこともないからだ。
また、包丁と一緒に使う板も用意した。一定な太さのそばの秘密はここにあった。普段、韓国で手打ちと言えば太さが一定ではなくて、あ~手打ちなんだな、と分かるのだ。それで、切る時にただ切っていくんじゃないかなと思ったが定規の役割をする板で測りながら切っていった。もちろん、先生は上手に手早く切っていったが、私はそば一本一本ゆっくりと丁寧に切っていった。
全部切り終わったら、ついにそばの完成だ。
できたそばの半分はすぐ食べれるように厨房で茹でてもらえる。残った半分は持ち帰れる。
私が作ったそばはどういう味なんだろう?太さが心配なんだな~と期待半分、心配半分で待っている間にそばが出てきた。そばが大きいざるに広げられていて太さが目立ったけど、立派にできた私のそばを見たら・・・・。味は文句なしに美味しかった。
普段、家でも料理をあまりしない方だったから、自分が作った料理を食べれて感激だった。それにそばは一般の料理教室では教えてもらえないので、とても貴重で面白い経験だった。
木
29
9月
2011
山形市の七日町ドリンクテーリングというのは七日町にある飲食店が4つの地区に分けられて、各地区から好きな一つ店舗を選んで飲んだり食べたりして街をまわるイベントです。
正直、山形の夜がこんなに生き生きしているところを見るのは花笠まつり以来でした。七日町にあんなに多くのレストランやバーが密かに存在していたことにも初めて気付きました。普段、行く機会がない・行く気もなかったお店に行く良いきっかけになりました!一つの店で出るメニューと量は限られているので、食べたりない気はしましたが、新たに発見した美味しい店にはまた訪れたいと思いました。
このイベントもまた近いうちに開かれるそうなので、おすすめです!
木
29
9月
2011
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山寺には何度も行った事がありますが、季節の移り変わりによって、そのたび違う風景に出会う事が出来ます。私にとって、それが山寺の一番の魅力です。真夏の日だったのにも関わらず、木に囲まれていたので、通り風が爽やかでした。
ボランテイアガイドさんに案内してもらいながら山を登り、歴史や宗教に関連する話もたくさん聞かせてもらい、普段とても聞けないような話ばかりでした。詳しい話は、ここでしてしまうともったいないので、皆さんに実際に聞いてもらいたいです。
山寺の周辺にはそば屋がたくさんありますが、私たちはボランテイアガイドさんに薦めてもらった店で昼食をとりました。山形の夏の食べ物と言ったらやっぱりだしなので、美味しいだしそばをごちそうになりました。
松尾芭蕉記念館というところが山寺駅の向こう側にあるのですが、初めて行きました。日本の文学には前から興味を持っていたので、幅広い芭蕉の作品に触れることが出来て嬉しかったです。彼のマスターピースの背景となった場所(山寺、羽黒山、最上川など)を実際に訪問してこの目で見ることができるのはとても幸運だと思っています。
木
18
8月
2011
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寒河江市はサイズが小さいわりには観光地が多い。
この日は、山形の「食」を体験できて、非常に印象深かった。さらに、「食」といってもただ食べるだけではなく、作る側にも参加できたので、有意義な経験になった。
まずはさくらんぼ狩り。
私は子供の頃から果物狩りにものすごく憧れていた。山形でさくらんぼ狩りが出来ると聞いたときは、あの子供の頃の夢がやっと叶うと思い、興奮した。私の高い期待を裏切る事なく、さくらんぼ狩りは本当に楽しかった。想像を遥かに上回った多種のさくらんぼがあり、微妙な味の違いを楽しむことも出来た。
さくらんぼで丁度お腹がいっぱいになったところで、次はそば打ちへ向かった。
そば粉を使って、麺を作る段階から始めた。混ぜたり、打ったり、捏ねたりで、なかなか体力と器用さが問われるような作業だった。そば打ちの講師は国際経験をたくさん持っているような方で、英語混じりで私たちに話しかけた。伝統的な雰囲気と共に、国際的なオーラがこのそば屋に漂っていた。そばを打ちながらそんなことを考えているうちに、いつの間にかお腹もペコペコになっていた。自分の手で打ったそばは、プロの作品とは違い、太さがばらばらだった。そんなそばの感触から一生懸命そば打ちに励んだ自分の苦労と不器用さを口の中で感じることができた。その味と食感は言うまでもなく最高だった。
午後に向かったのが、国道112号寒河江バイパス沿いにある、有名なお土産屋のチェリーランドだった。チェリーランドのテーマパークには、面白いお土産が沢山売られていて、珍しい味のアイスクリームがそろっていた(つや姫、黒ゴマなど)。驚くことに、チェリーランドにトルコ館が設けられていて県内で唯一ケバブが食べられる場所でもあった。いかにも「山形」というような観光地にトルコが混じっていることに少し違和感も感じたが、これも国際化に向けての一歩かな、と考えると納得できた。
木
21
7月
2011
日本動物園水族館協会に加盟されている70近くの水族館の中で、最も古くて小さいのが、鶴岡市立加茂水族館なのだ。加茂港付近の日本海に面した断崖絶壁のトンネルのすぐ隣に、加茂水族館がある。水族館の建物自体はぱっとしない、うっかり通り過ごされそうな存在である。
一見大したことなさそうな加茂水族館に実は、世界一の展示種数を誇る約40種類のクラゲがいるのだ。館長の村上龍男さんは口癖のように、「これほど、老巧、弱小、貧乏の三拍子揃った水族館は他にない」と言うが、この水族館の裏には、人の心を揺さぶる物語があった。
鶴岡市立加茂水族館は昭和31年に開館された。47年の間、客集めに困り、失敗を重ねながら、つらい経験を沢山してきた。平成9年に倒産の危機に陥り、入館者は9万人ほどに落ち、経営の限界だった。村上館長は、重い借金に追われどん底を経験してきたと言う。
そんな加茂水族館を救ったのが、クラゲだったのだ。
ある日、インドネシアから取り上げられたサンゴ水槽から、小さなクラゲが湧(わ)いてきたのだ。その不思議な姿に圧倒され、最初はそれが何の生き物なのかも分からなかった。とにかく、そのクラゲを展示してみたところ、なんと、お客さんが大喜びだった。喜んでいるお客さんの姿を見て、村上館長はクラゲが「これまでと違(ちが)う、大きな力を持った生き物だ」ということに気付いた。今になって振り返ってみると、あれほど追い詰められていなかったら、クラゲの隠れた美しさは発見(はっけん)できていなかったのかもしれないと館長さんは振り返る。これをきっかけに、村上館長はこれからクラゲに力を入れ、客を集めることを決めた。
ところが、ここにまた新たな壁があった。加茂水族館のスタッフの中で、クラゲについての知識を持っていた人は誰もいなかった。クラゲは寿命が短く(長くても四ヶ月)、展示を続けるには、人間の手で繁殖させなければいけなかった。しかし、クラゲの卵があまりにも小さいため、見えなかったのだ。クラゲの飼育に必要な顕微鏡、保温箱、クラゲ専用の水槽などが次から次へと出てきたが、それらを買うお金は一切無かった。
水槽の中での受精に何回も失敗したが、結局は、一回だけ成功した。「世の中、神様いるぞ」と村上館長は誇らしげに語った。 そこから、だんだん知識と経験を積み重ねながら、クラゲの種類を増やしていった。やっと8種類のクラゲが集まったところで、館長は胸を張って、「日本一」と名乗ったが、誰も認めてくれなかった。ここで、村上館長は新たな発想を生み出した。それが、今の「クラゲレストラン」の誕生に繋がった「生のクラゲを食べる会」だった。これを提案したとき、誰も本気にしてくれず、館長はバカにされた。それでも、「他の人がやらないことにチャレンジすることに価値がある」と村上館長は信じ続けた。意外な事に、「生のクラゲを食べる」は効果的で、それをきっかけにクラゲ入りの饅頭とようかんも作られた。これらのクラゲ商品は多くの注目を集め、全国放送で、人気のある「みのもんた」と「テリー伊藤」のテレビ番組にも取り上げられた。このお陰で、入館者が増え、売り上げが一気に上った。そのお金を再投資し、クラゲの展示をさらに増やしていったのだ。
ボストン大学名誉教授の下村脩さんは、2008年に、オワンクラゲの緑色蛍光タンパク質の発見でノーベル化学賞を受賞した。そんな下村先生と村上館長は縁も繋がりもなかったが、唯一の共通点は、「クラゲに救われた」という事だった。村上館長は下村先生に手紙を書き、お祝いを述べ、同館のオワンクラゲは発光しないことに触れた。驚く事にある日、下村先生から返事の電話が来たのだ。村上館長は、「あの大先生が俺に電話をくれるはずがない」と思い、いたずら電話だと思ったそうだ。それから、村上館長は下村先生とやり取りを始め、オワンクラゲを発光させるアドバイスまでもらった。村上館長は、どうにかして、下村先生にこれからクラゲで生きていく加茂水族館に来て欲しく、手紙を書き続けた。すぐにOKはもらえなかったが、敬老の日に、村上館長は不老不死のベニクラゲのデザインをいれたネクタイを下村先生にプレゼントした。それに託されたのは「長生きしてください」というメッセージ。それが下村先生の心を揺さぶったのか、先生は2010年4月に、本当に来館することになった。
下村先生は、何故よりによってこんな小さくて古い水族館に来たのかと聞かれたとき、「田舎が好きだから」という、曖昧(あいまい)な答えしか返さこなかった。訪問中、下村先生は40種近くのクラゲと、同館の繁殖技術に先生は非常に感心し、『想像以上だった』とコメントした。そして、帰る間際に、先生は、「加茂水族館に来たのは『村上マジック』かな」と一言もらした。
さすがに色んな経験をしてきただけに、この小さな水族館は確(たし)かに人を引きつける特別な力を持っている。それは、クラゲの不思議な魅力なのか、「村上マジック」なのか、私にも言い切れない。村上館長とのインタビューを通して、人生の生き方や、人のやっていないことを切り開いていくことの大切さについて学んだ。加茂水族館の今までの成果に対して、村上館長は、「知らないからやった。今の苦労を知っていたら、やっていなかった。知らないのも力だ」と最後に語った。
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木
30
6月
2011
金正垠
私は水原で生まれて水原で育った。それに祖父の家もソウルの近くなので、田舍とか田畑のある所はほとんど行ったことがない。だから田植をするということは想像もしていなかった。しかし今回山形で田植体験をする機会があった。今回を逃すといつ田植体験ができるだろうと思い挑戦してみた。
私は田植ができる田んぼならきっと遠くにあるだろうと思っていたが意外なことに私が住んでいるアパートから車で約 20分ぐらいの近くにあった。この日は小雨が降って心配したが、関係者は田植をする日に雨が降ることは良いしるしだと言った。
裸足で田んぼに入って、手で一つ一つ苗を植えなければならないので、私は泥がはねても良い楽な服を着てズボンは膝まで引き上げて万全の準備をした。田んぼに入るためにあぜ道に立って足を田んぼの底に伸ばした。にゅうっと入って行く感覚が初めて経験するとても微妙な感覚なので自然に悲鳴が出た。しかしここで重心を崩してしまえば大変だ。全神経を足に集中して一歩一歩踏み出して行った。田んぼのあちこちに苗の束が置かれていてそれを持って苗を植えていった。
いつの間にか田植に集中するようになって雨に降られていることは気にならなかった。30名ぐらいの人が一斉にとりかかったので早く田植を終えた。始めは足の感じが慣れなくて早く田んぼから出たい思いがあったが、田植が完了したら「もう終わっちゃったの」という思いもした。
今日植えた苗は9月頃に収穫をするという。そして収穫した米とこの地域の水で「柏倉門傳」という日本酒を作るという。今日の田植体験を主催したのは「西山形の酒を造る会」だった。
田植を終えて町内会館で今日のメンバーたちと交流会をした。交流会では「柏倉門傳」と簡単な食事の用意が調っていた。短い時間だったが田植をしたからかお腹が大変すいていたのでおいしく食事をすることができた。しかしここで一つの難関があった。交流会に参加したのは主に地域の年配の方が多かったので山形弁が強かった。山形弁の前で緊張したが皆優しい方々だったし顔にはみんなほほ笑みが一杯だった。
私は日本酒はあまり飲めないが、こんなに良い人たちと一緒の席だったからか本当においしく感じられた。この人たちが実際に育てて造った貴重なお酒を一緒に飲むことができるということは田植と同じぐらいの大事な経験だった。今回の田植体験で、ただ田植をするだけではなく、人々との情、特に山形の情を感じることができて良かった。
秋には稲刈り体験もできると聞いたので、もう秋が楽しみだ。
水
15
6月
2011
金正垠
酒田まつりの次に向かったのは鶴岡にある庄内映画村だった。庄内映画村は、その規模が東京ドームの約20倍ほどだという。主に時代劇の撮影をするセットなので背景に電線が見えない所でなければならない。そのため鶴岡駅から50分ほど離れた山中に位置している。ここで撮影した代表作品と言えば「座頭市―THE LAST」、「十三人の刺客」、「スキヤキウエスタンジャンゴ」などがある。山形に来る前に「スウィングガールズ」、「おもひでぽろぽろ」など山形を舞台にした映画は見たが、ここで撮影した映画は見たことがなかった。
庄内映画村は大きく六つのエリアに分かれている。今日はその中で山間集落、宿場町、漁村・農村エリアを見た。庄内映画村は規模が大きくて移動するときにはシャトルバスを利用した。もちろん、ゆっくりと散歩しながら見てもかまわないが、道は舗装されていないので足元に十分気を付けた方がいい。
シャトルバスに乗って一番奥の山間集落エリアに向かうと、いつの間にかタイムマシーンに乗って日本の過去に来た感じがした。平日なので他の観光客もほとんどなく、武士の服装をした職員さんがあちこちにいて、一人ぽつんと過去に来た気がした。
山間集落エリアには庄内弁で昔話をしてくれる人がいた。囲炉裏を囲んで座って話を聞き始めたが、とてもなまった方言で話していて本当に聞き取りが大変だった。でも、話の内容は難しくなくて何とか分かった。日本語超上級リスニングテストに挑戦してみたい方におすすめだ。
宿場町エリアには食堂、商店、家など約40軒が道に並んでいた。気がつくと、遠くから刀を持った武士が私たちに向かって来た。映画村の職員さんであることは知っていたがあまりにも現実的で、刀を振り回しながら飛びかかってくるような感じで緊張した。しかし武士の職員さんは私たちに剣術の手本を見せてくれたり、刀の体験をさせてくれたり親切だった。刀は偽物だから軽いだろうと予想していたが意外に重くて振り回すのが大変だった。
最後に漁村・農村エリアを見にいった。山の中に漁村?と思っていたが漁村の風景を作るために砂を敷いて船と網などは近くの庄内港から実際に使用していたものを直接空輸してきたという。農村エリアにあったたんぼも人工で作ったものだという。事実的な背景を作るために本当に努力したのだなと感心した。
素朴な漁村と農村の中に立派な屋敷があってこれは何だろうと思ったが商家の屋敷だった。村内で最大規模の建物だという。屋敷の外観も素敵だったが丁寧に作られた中庭はとても穏やかで縁側に座ってゆっくりしていたかった。
庄内映画村は主に刀で戦うアクションシーンの撮影が多いところだが、実際その雰囲気は周りの自然環境と調和していて穏やかだ。ここで撮影した映画をみてからゆっくりと楽しむなら、さらに魅力的な観光スポットになると思う。
金
10
6月
2011
金正垠
今日はちょっと遠くまで旅行してきた。山形市から車で約1時間30分走って到着したのは酒田だ。毎年5月19日から21日まで開かれる酒田まつりを見るのだ。19日は宵祭りで20日は本祭りである。
祭りを楽しむ前に今日一日酒田を案内してくれる本間さんから酒田まつりの話を聞いた。酒田まつりは約400年前から一度も休むことなく続いてきた、酒田を代表する祭りである。
酒田まつりは昔「山王まつり」と呼ばれたが、1976年にあった酒田の大火災の復興記念式を1979年に山王まつりと一緒に行なったその時から、酒田全市民の祭りとして楽しむために「酒田まつり」と呼ぶようになったという。楽しく説明している本間さんを見ていたら自分の地域に対する自負心と愛情が見えた。本間さんだけでなく日本人は自分が住んでいる地域への愛着が深くてその地域の文化を守ろうとする意志が強いようだ。だからこうした祭りも数百年も繋がってきたのではないかと思う。
説明のあと、見どころがいっぱいの山車行列を見るために市役所へ向かった。市役所の広場にはさまざまな山車が待機していた。その派手さに感心していると突然轟音が聞こえた。
祭りの開始を知らせる合図で祝砲を撃ち始めたのだ。半端ではなく大きい音で驚いたが祭りを盛り上げる儀式だった。
広場には高さ約20メートルほどの立て山鉾が立っていた。来る前にニュースで見たことがあったが実際にその姿を見ると美しくて迫力があった。夜になると明が入ってきてさらに美しいそうだが日程上昼間にしか見ることができないのが残念だった。
私達はただ立って行列を見るのではなく、観客に日本酒を配るために本間さんからはっぴをもらって着た。はっぴを着ただけなのに祭りのメンバーになったような気がして祭りを楽しむ意欲が沸いてきた。また庄内弁で「えっぺのめ~」と言いながら配ると観客の反応が予想以上に良かった。
行列に出てきた様々な装飾で飾られた山車はすばらしかった。幼稚園児たちのかわいい象の形の山車から、山車の上で太鼓を打つ人、歌を歌う人などそれぞれ自分たちのスタイルの山車を誇らしげに見せていた。
その中でも、韓国の「北青獅子」に似ている獅子が目立った。日本では子供が獅子の口に噛まれると健康に育つという迷信がある。だから子供の親たちに人気だった。
酒田まつりでも屋台がたくさん出ていたが、今年は東北地方の大地震でちょっと特別な屋台も出ていた。酒田や福島の特産品を味わいながら東北地方に活気を取り戻そうという目的で出ている屋台だった。
夕方の点灯式やイベントをもっと楽しみたかったが、次の日程で時間が迫っていたので、残念だが山車の行列まで見て次の目的地に向かった。
火
31
5月
2011
金正垠
植木祭りを楽しむために山形市薬師町に行ってきた。山形の植木市は大阪市、熊本市とともに日本三大植木市場である。植木とは庭木、盆栽、植木鉢に植えて育てる木、花などをいう。
薬師公園の周辺の通りで約3キロにわたって植木の店が並んでいた。このように多くの植木が一箇所に集まっているのは初めて見た。そして、植木を一箇所に集まって販売することをお祭りをする感覚で楽しむことにもう一度驚いた。それで、その由来を調べてみたら明確ではないが、山形城主の最上義光時代に大火災で焼失した木を生き返らせるために緑化を目的として付近の農民たちに呼びかけたのが始めで約400年以上の歴史があるという。また、昔から山形には寺院が多く「坪庭作り」という趣味が発達してその需要を満たすために昔から植木市が繁栄しているという。
さまざまな種類の植木をゆっくりと鑑賞しながら私は心の中で懸命にハナミズキを探していた。ハナミズキは韓国ではよく知られている木ではないが、日本ではハナミズキがよく知られているようだ。私がハナミズキを探した理由は日本に来てハナミズキという有名な曲を歌った歌手、一青窈に似ているとよく言われていつかはハナミズキを実際に見てみたいと思っていたからだ。実際に見たハナミズキは素朴な花が咲いていて可愛かった。もちろん購入したかったが思ったよりもサイズも大きく高くて断念した。
日本のお祭りといったら屋台が欠かせないだろう。植木市では植木と同様に多くの屋台が立ち並んでいた。焼きそば、お好み焼きなど様々な屋台があったが私はここに来て初めて迎える祭りであるだけに「どんどん焼き」を食べてみた。どんどん焼きは、お好み焼きを円形に丸めて割り箸に刺して食べる山形の名物である。
今年は残念ながら植木を買ってはいないが来年には必ず好みの植木を買って育てて見たいと思う。やっぱり一人で住んでいる部屋は寂しくて植物が必要だとつくづく感じているからだ。もちろん真心を込めて育てても帰国する時は韓国に持って行くことはできないけれど後任の交流員に譲って、いつか山形にまた戻ってきたときに見ることができるとうれしいだろう。
水
25
5月
2011
山形はまだ韓国人にあまり知られていない所だ。少し知られているのは蔵王スキー場や温泉くらいである。どちらも寒い冬のイメージだ。でも、山形にも春がやって来る。
今回は、5月2日に桜を見に山形の南部にある置賜エリアを訪ねた。やっぱり東北地方だからこその遅い桜だ。4月の中旬にJETのオリエンテーションで東京に行った時は桜が満開だったが山形の桜は今になって咲き始めた。韓国でも普通は4月に花見をするので5月の花見は特別な経験だ。
今日回るルートは南陽市を出発して長井市、白鷹町までだ。このルートには約20ヶ所の桜の名所があるが今回はその中で特に有名なところ数ヶ所に行ってきた。
はじめに訪ねた所は南陽市内を一目で見渡せる烏帽子山公園だ。さくら名所100選に選ばれた公園らしく沢山の桜が咲き誇っていて美しかった。
烏帽子山公園には約25種の桜があるそうだ。白い色から薄ピンク、濃いピンクまでいろいろな色の桜やしだれ桜などとても多様だった。
歩いていたら巨大な石の鳥居が現れた。八幡宮の入り口だ。この鳥居の門栓は、一つの石から切り出されたものとしては一番大きいそうだ。
次に訪ねた所はウサギ駅長で有名なフラワー長井線の宮内駅だ。フラワー長井線は映画「スウィングガールズ」の撮影地としてよく知られている。宮内駅は今にも倒れそうな古い駅だが、ウサギ駅長の「もっちぃ」の登場で有名になったそうだ。
もっちぃは白いお餅に似ていることからもっちぃという名前が付けられたそうだ。それからもっちぃだけではなく兄弟である「ぴーたー」と「てん」も駅員として活躍していた。
駅内ではもっちぃが本当の駅長であることを証明する任命証書が飾ってあった。また、もっちぃのキャラクターグッズも販売していた。ペットで駅をPRしようとするのは斬新なアイデアだと思う。ウサギをキャラクター化して駅を活性化しようとする努力に感心した。また宮内駅に行った時もっちぃ駅長に迎えられるのが楽しみだ。
短かったもっちぃとの出会いの次は、宮内駅の近くにある熊野大社に寄ってみた。入り口に高々とそびえている杉と本殿は実に威厳があった。
面白かったのは熊野大社の裏側だった。本殿の裏側に刻まれている彫刻に三羽のウサギが隠れていて、その三羽を全部見つけたらお金に困らず幸せになれるという伝説がある。私はウサギを探すのに夢中になって時間が経つのも忘れていた。残念ながら私は一羽しか見つけられなかった。やっぱりお金に困らずに生きるのは難しいことだ。
必死でウサギを探したらお腹が空いてきて、山形の名物であるそばを食べるために燻亭に向かった。燻亭の雰囲気は私が本当に日本にいるんだなと感じさせた。
わらの屋根や畳、囲炉裏(床を四角に掘り出して防寒用∙炊事用で火を起こすもの)などに囲まれて食べるそばはとても新鮮でおいしかった。昼ごはんを食べると元気がわいてきてますますこの先が楽しみになってきた。
次に向かったのは国指定天然記念物である伊佐沢の久保桜だ。久保桜は約1200年の樹齢を誇る。老化で約60本の支柱で支えられていたが1200年という樹齢らしく太い幹と高さで勇壮だった。韓国では1000年を超える桜は見たことがなく、久保桜を見ていたら花見ではなく遺跡を見ている感覚だった。
また、もう一つの国指定天然記念物である草岡の大明神桜はなぜかまだ桜が咲いてなかったので残念だった。でも、高さや大きさが久保桜より圧倒的でその様子だけでもすごい古木だということが分かった。
次に訪ねた釜の越桜は樹齢が約800年だと聞いたがもう驚かない。1200年の桜を見てきたからかもしれない。正面から見たら桜がけっこう咲いているように見えたが、横から見たら実は後ろの方にいた若い桜と重なって見えただけだった。
最後に訪ねた桜は小さい薬師堂の境内にある薬師桜だ。薬師桜も樹齢が約1200年の古木だが他の古木に比べて風格が堂々としていて見る人を圧倒する。さすが1200年の貫禄は無視できない。
花見を終えてからはこどもの日の行事である鯉のぼりを見るためにヤナ公園に向かった。鯉のぼりとは、鯉模様の旗を揚げる行事で日本伝統のこどもの日の行事だ。もうすぐこどもの日なのであちこちに鯉のぼりが揚げられていたが、ヤナ公園の何十匹もの鯉のぼりが最上川を横切って揚げられている様子は壮観だった。
最上川は日本3大急流の一つでずいぶん波が荒立っていた。また、ヤナ公園はヤナ(写真の中にある木で作られた網)があって鮎捕りの体験ができる所としても有名だ。
置賜は桜の名所らしく一日で見て回るのができないくらい桜でいっぱいなところだった。そして置賜の桜の名所を回っていたらフラワー長井線の沿線に沿っていて、今度はフラワー長井線を乗りながら旅行してみたくなった。また、今回の旅行で桜に対して日本の愛情は特別だと思った。どこへ行っても桜が咲いていて、もう綺麗に咲かない老木の桜を守り続けている努力がすばらしかった。ちなみに私は日本の国花は桜だと思い込んでいたが、法律上では日本の国花はないらしい。でも、桜は日本人の心の中の国花であるのは確かなようだ。
金
22
4月
2011
金さんと山形舞子さん@山形駅
はじめまして。2011年4月から山形県庁の国際室で働くことになりました金正垠(キムジョンウン)と申します。韓国の「スウォン」から来ました。スウォンはソウルから南の方向に1時間くらい離れたところにある大都市です。スウォンは世界文化遺産の華城(ファソン)がありまして現代と歴史が共存するところとしても有名です。
日本は観光として何回も来たことがありますが山形は初めてです。山形はスウォンと違って美しい自然に恵まれていて人々もほのぼのしていてとても気に入っています。これから山形のあちこちを行って山形の人々とふれあうことが楽しみです。
私は人と話をするのが大好きです。お互いの気持ちを伝えることができ、相手からいろいろなことを学ぶことができるからです。国際交流員として働くことで日本の方とたくさん話し合っていろいろなことを学びたいと思っています。でも、ただもらうだけの立場でなく相手にもプラスの要素を与えることができる存在になりたいです。
今の世界はすでに国境のないボーダーレス時代です。お互いを理解することができないとお互いの発展もありません。そのため、お互いを理解しようとする国際交流はこの時代に不可欠だと思っています。これから私はこのように大事な国際交流にとって立派な一人前になれるよう頑張りたいと思いますのでどうぞよろしくお願いします。
金
29
10月
2010
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朴 惠祥
「パワースポット」。
最近よく耳にする流行りの言葉だ。テレビや雑誌で特集をするなど人気を増しているこの言葉は、外国人である私にはあまり馴染みがなかった。イマドキの人気スポットのことなのか、それとも何らかの力を持っている場所のことなのか。意味不明なこの言葉の謎を解くために、まずは某検索サイトを訪ねてみた。
「パワースポットとは、風水、気功やスピリチュアリティに基づいてオカルト的なエネルギーが 集中しているとされる場所のことである。パワースポットの「効能」や「根拠」には科学的根拠は全くなく、擬似科学の類とみなされている」(ウィキペディアより)
なるほど!なんとなくわかる気がした。私の母国である韓国でも、昔から風水などを信じて土地を買ったり、建物を建てたりする文化が存在している。しかし、その文化は韓国の若者にはあまり浸透してはいない。そこで私は、日本のパワースポットがどうして一つのブームとして注目を浴びるようになったのか気になり始めた。
いざ、山形のスピリチュアル世界への旅へ
秋の気配を感じさせる10月のある日、私は職場の人たちと一緒に、山形県庄内地方を巡る旅に 出かけた。同行したのは私と同じ国際交流業務に携わる中国、アメリカ、カナダからの交流員たちと、引率の職員の方。山形の情報を発信するための県内視察の名目だったが、私はプチ旅行のような気持ちで出発前からルンルン気分。
2,446段の石段で神様に繋がる「羽黒山」
私たちがいちばん最初に向かったのは、山形有数のパワースポット「出羽三山」のひとつである 鶴岡市の羽黒山。山形市から車でおよそ1時間半走って辿りついたのは、羽黒山の麓に位置した「いでは文化記念館」。ここで案内をしてくださる山伏の成瀬さんと待ち合わせをした。山岳信仰に基づいて山を歩きながら修行する修験者のことを「山伏」と言うらしく、自分の職業や拠点を変えてまで出羽三山の‘パワー’に魅せられた彼の熱心な説明に耳を澄ました。
昔から修験者たちの霊場として聖地化されてきた「出羽三山」は、羽黒山、月山、湯殿山の総称。それぞれ現在・過去・未来の山とされている。特に三山の表玄間である羽黒山の山頂には、三神を一堂に祀る「三神合祭殿」があることで、全国からの山伏や観光客が訪れるそうだ。しかし、三つの神様に一度に会うためには、それなりの努力が必要である。山頂まで、なんと2,446段の石段を登っていかなければならないのだ。2年前に1度登った経験のある私だが、これはなかなか簡単ではない‘修行’だった。しかし、1時間ほどの修行の道が苦痛にならなかったのは、三つの神様が私を待っているのと、石段に彫られている盃やとっくり、ひょうたんなどの絵を探す楽しさがあったためだった。33個以上の彫り物を見つけると、どんな願いも叶うとか!しかし、彫り物探しに夢中になりすぎて周りの立派な杉並木を見逃さないよう、くれぐれもご注意を。
人間が仏様に、「即身仏」
出羽三山の三神合祭殿見学を終えた私たちは、次の目的地である「注連寺」へ向かった。ここでは、日本一の数を誇る山形の「即身仏」が見られるとのこと。案内を担当してくださった佐藤住職によると、衆生救済のために自らの体を捧げ、肉身のままで仏になることを即身仏と言う。内臓を全て除去し、人工的な方法でその姿になる西洋のミイラとは本質的に違う、日本独特の仏教信仰がよく表れているものなのだ。
即身仏になるためには、身体が腐らないように何年も漆や木の実だけを食べ続けるという極限の 修行を行わなければならないそうだ。そのような苦行を果たして、私の目の前に即身仏の姿で座っているこの人は、いったい何がきっかけであの大変なことを決意するようになったのだろう。もう少し詳しい話が聞きたかったが、時間が迫ってきたのでそこでお別れをした。何はともあれ、このような即身仏が山形には全国でいちばん多い8つもあることで、この地は先祖の恵みを豊かに受け継ぎ、 そして結果として、日本でももっとも美しい自然環境を誇るようになったのではないかと思う。
語っても、聞いてもいけない「湯殿山神社」
即身仏を後にして最後に向かったのは「湯殿山神社本宮」。色鮮やかな紅葉が綺麗に染まり始め、見ているだけでも癒されそうな湯殿山神社は、「語るなかれ、聞くなかれ」ともされる神秘的な御神体で有名だそうだ。「御神体」とは、神社の祭祀の対象になる存在のことで、それぞれの神社によってその形態が違い、鏡の場合もあれば、剣や玉や石・木など様々だが、湯殿山の御神体はその 形が特別だそうだ。見たことを人に話してはいけないくらいなので、写真撮影はもちろん禁止。
御神体に行くためには、まず靴を脱いで裸足にならなければならない。冷たい石を踏みながら、恐る恐る進んで行ったその先には、言葉にならないほどの迫力を持った自然そのままの御神体が現れた。「語るなかれ、聞くなかれ」の謎が解ける瞬間だった。想像を超えた御神体のパワーに圧倒された私は、湯殿山神社を自分の中での「山形一押し観光スポット」として位置づけた。
ここの御神体は、自然体そのもので、見るだけではなく直接体験(?)することもできる。あまり語りすぎると、せっかくいただいたパワーが効かなくなるかも知れないので、この辺で説明を終わらせていただきたい。 百聞は一見に如かず!ぜひ湯殿山に足を運んで、自分の目でその正体を確かめてほしい。
「パワースポット」、現代人の心が安らぐ場所
今回の旅で、日本、特にここ山形では、昔からの山岳信仰が強く残っていて、さらにそれを守っていこうとする努力がとても素晴らしいと感じた。昔ながらの大自然の恵みや先祖の教えを大事にし、きちんと守っていくその姿は、追いつかないくらいの早さで進歩する科学技術や溢れる情報の中で、自分の居場所を見つけられていない現代の人々に心の安らぎを与えてくれているのではないかと思う。そして、その安らぎの場所が、いま流行りの「パワースポット」として注目されているのではないか。
パワースポット、これは日本の独特なスピリチュアル文化が現代の人たちにどのように受け入れられているかがよく分かるキーワードなのだ。
「パワースポット」。
最近よく耳にする流行りの言葉だ。テレビや雑誌で特集をするなど人気を増しているこの言葉は、外国人である私にはあまり馴染みがなかった。イマドキの人気スポットのことなのか、それとも何らかの力を持っている場所のことなのか。意味不明なこの言葉の謎を解くために、まずは某検索サイトを訪ねてみた。
「パワースポットとは、風水、気功やスピリチュアリティに基づいてオカルト的なエネルギーが 集中しているとされる場所のことである。パワースポットの「効能」や「根拠」には科学的根拠は 全くなく、擬似科学の類とみなされている」(ウィキペディアより)
なるほど!なんとなくわかる気がした。私の母国である韓国でも、昔から風水などを信じて土地を買ったり、建物を建てたりする文化が存在している。しかし、その文化は韓国の若者にはあまり浸透してはいない。そこで私は、日本のパワースポットがどうして一つのブームとして注目を浴びるようになったのか気になり始めた。
いざ、山形のスピリチュアル世界への旅へ
秋の気配を感じさせる10月のある日、私は職場の人たちと一緒に、山形県庄内地方を巡る旅に 出かけた。同行したのは私と同じ国際交流業務に携わる中国、アメリカ、カナダからの交流員たちと、 引率の職員の方。山形の情報を発信するための県内視察の名目だったが、私はプチ旅行のような気持ちで出発前からルンルン気分。
2,446段の石段で神様に繋がる「羽黒山」
私たちがいちばん最初に向かったのは、山形有数のパワースポット「出羽三山」のひとつである 鶴岡市の羽黒山。山形市から車でおよそ1時間半走って辿りついたのは、羽黒山の麓に位置した 「いでは文化記念館」。ここで案内をしてくださる山伏の成瀬さんと待ち合わせをした。山岳信仰に基づいて山を歩きながら修行する修験者のことを「山伏」と言うらしく、自分の職業や拠点を変えてまで出羽三山の‘パワー’に魅せられた彼の熱心な説明に耳を澄ました。
昔から修験者たちの霊場として聖地化されてきた「出羽三山」は、羽黒山、月山、湯殿山の総称。それぞれ現在・過去・未来の山とされている。特に三山の表玄間である羽黒山の山頂には、三神を 一堂に祀る「三神合祭殿」があることで、全国からの山伏や観光客が訪れるそうだ。しかし、三つの神様に一度に会うためには、それなりの努力が必要である。山頂まで、なんと2,446段の石段を登っていかなければならないのだ。2年前に1度登った経験のある私だが、これはなかなか簡単ではない‘修行’だった。しかし、1時間ほどの修行の道が苦痛にならなかったのは、三つの神様が私を待っているのと、石段に彫られている盃やとっくり、ひょうたんなどの絵を探す楽しさがあったためだった。33個以上の彫り物を見つけると、どんな願いも叶うとか!しかし、彫り物探しに夢中になりすぎて周りの立派な杉並木を見逃さないよう、くれぐれもご注意を。
人間が仏様に、「即身仏」
出羽三山の三神合祭殿見学を終えた私たちは、次の目的地である「注連寺」へ向かった。ここでは、日本一の数を誇る山形の「即身仏」が見られるとのこと。案内を担当してくださった佐藤住職によると、衆生救済のために自らの体を捧げ、肉身のままで仏になることを即身仏と言う。内臓を全て除去し、人工的な方法でその姿になる西洋のミイラとは本質的に違う、日本独特の仏教信仰がよく表れているものなのだ。
即身仏になるためには、身体が腐らないように何年も漆や木の実だけを食べ続けるという極限の 修行を行わなければならないそうだ。そのような苦行を果たして、私の目の前に即身仏の姿で座っているこの人は、いったい何がきっかけであの大変なことを決意するようになったのだろう。もう少し詳しい話が聞きたかったが、時間が迫ってきたのでそこでお別れをした。何はともあれ、このような即身仏が山形には全国でいちばん多い8つもあることで、この地は先祖の恵みを豊かに受け継ぎ、 そして結果として、日本でももっとも美しい自然環境を誇るようになったのではないかと思う。
語っても、聞いてもいけない「湯殿山神社」
即身仏を後にして最後に向かったのは「湯殿山神社本宮」。色鮮やかな紅葉が綺麗に染まり始め、見ているだけでも癒されそうな湯殿山神社は、「語るなかれ、聞くなかれ」ともされる神秘的な 御神体で有名だそうだ。「御神体」とは、神社の祭祀の対象になる存在のことで、それぞれの神社によってその形態が違い、鏡の場合もあれば、剣や玉や石・木など様々だが、湯殿山の御神体はその 形が特別だそうだ。見たことを人に話してはいけないくらいなので、写真撮影はもちろん禁止。
御神体に行くためには、まず靴を脱いで裸足にならなければならない。冷たい石を踏みながら、 恐る恐る進んで行ったその先には、言葉にならないほどの迫力を持った自然そのままの御神体が現れた。「語るなかれ、聞くなかれ」の謎が解ける瞬間だった。想像を超えた御神体のパワーに圧倒された私は、湯殿山神社を自分の中での「山形一押し観光スポット」として位置づけた。
ここの御神体は、自然体そのもので、見るだけではなく直接体験(?)することもできる。あまり語りすぎると、せっかくいただいたパワーが効かなくなるかも知れないので、この辺で説明を終わらせていただきたい。
百聞は一見に如かず!ぜひ湯殿山に足を運んで、自分の目でその正体を確かめてほしい。
「パワースポット」、現代人の心が安らぐ場所
今回の旅で、日本、特にここ山形では、昔からの山岳信仰が強く残っていて、さらにそれを守っていこうとする努力がとても素晴らしいと感じた。昔ながらの大自然の恵みや先祖の教えを大事にし、きちんと守っていくその姿は、追いつかないくらいの早さで進歩する科学技術や溢れる情報の中で、自分の居場所を見つけられていない現代の人々に心の安らぎを与えてくれているのではないかと 思う。そして、その安らぎの場所が、いま流行りの「パワースポット」として注目されているのではないか。
パワースポット、これは日本の独特なスピリチュアル文化が現代の人たちにどのように受け入れられているかがよく分かるキーワードなのだ。
「パワースポット」。
最近よく耳にする流行りの言葉だ。テレビや雑誌で特集をするなど人気を増しているこの言葉は、外国人である私にはあまり馴染みがなかった。イマドキの人気スポットのことなのか、それとも何らかの力を持っている場所のことなのか。意味不明なこの言葉の謎を解くために、まずは某検索サイトを訪ねてみた。
「パワースポットとは、風水、気功やスピリチュアリティに基づいてオカルト的なエネルギーが 集中しているとされる場所のことである。パワースポットの「効能」や「根拠」には科学的根拠は 全くなく、擬似科学の類とみなされている」(ウィキペディアより)
なるほど!なんとなくわかる気がした。私の母国である韓国でも、昔から風水などを信じて土地を買ったり、建物を建てたりする文化が存在している。しかし、その文化は韓国の若者にはあまり浸透してはいない。そこで私は、日本のパワースポットがどうして一つのブームとして注目を浴びるようになったのか気になり始めた。
いざ、山形のスピリチュアル世界への旅へ
秋の気配を感じさせる10月のある日、私は職場の人たちと一緒に、山形県庄内地方を巡る旅に 出かけた。同行したのは私と同じ国際交流業務に携わる中国、アメリカ、カナダからの交流員たちと、 引率の職員の方。山形の情報を発信するための県内視察の名目だったが、私はプチ旅行のような気持ちで出発前からルンルン気分。
2,446段の石段で神様に繋がる「羽黒山」
私たちがいちばん最初に向かったのは、山形有数のパワースポット「出羽三山」のひとつである 鶴岡市の羽黒山。山形市から車でおよそ1時間半走って辿りついたのは、羽黒山の麓に位置した 「いでは文化記念館」。ここで案内をしてくださる山伏の成瀬さんと待ち合わせをした。山岳信仰に基づいて山を歩きながら修行する修験者のことを「山伏」と言うらしく、自分の職業や拠点を変えてまで出羽三山の‘パワー’に魅せられた彼の熱心な説明に耳を澄ました。
昔から修験者たちの霊場として聖地化されてきた「出羽三山」は、羽黒山、月山、湯殿山の総称。それぞれ現在・過去・未来の山とされている。特に三山の表玄間である羽黒山の山頂には、三神を 一堂に祀る「三神合祭殿」があることで、全国からの山伏や観光客が訪れるそうだ。しかし、三つの神様に一度に会うためには、それなりの努力が必要である。山頂まで、なんと2,446段の石段を登っていかなければならないのだ。2年前に1度登った経験のある私だが、これはなかなか簡単ではない‘修行’だった。しかし、1時間ほどの修行の道が苦痛にならなかったのは、三つの神様が私を待っているのと、石段に彫られている盃やとっくり、ひょうたんなどの絵を探す楽しさがあったためだった。33個以上の彫り物を見つけると、どんな願いも叶うとか!しかし、彫り物探しに夢中になりすぎて周りの立派な杉並木を見逃さないよう、くれぐれもご注意を。
人間が仏様に、「即身仏」
出羽三山の三神合祭殿見学を終えた私たちは、次の目的地である「注連寺」へ向かった。ここでは、日本一の数を誇る山形の「即身仏」が見られるとのこと。案内を担当してくださった佐藤住職によると、衆生救済のために自らの体を捧げ、肉身のままで仏になることを即身仏と言う。内臓を全て除去し、人工的な方法でその姿になる西洋のミイラとは本質的に違う、日本独特の仏教信仰がよく表れているものなのだ。
即身仏になるためには、身体が腐らないように何年も漆や木の実だけを食べ続けるという極限の 修行を行わなければならないそうだ。そのような苦行を果たして、私の目の前に即身仏の姿で座っているこの人は、いったい何がきっかけであの大変なことを決意するようになったのだろう。もう少し詳しい話が聞きたかったが、時間が迫ってきたのでそこでお別れをした。何はともあれ、このような即身仏が山形には全国でいちばん多い8つもあることで、この地は先祖の恵みを豊かに受け継ぎ、 そして結果として、日本でももっとも美しい自然環境を誇るようになったのではないかと思う。
語っても、聞いてもいけない「湯殿山神社」
即身仏を後にして最後に向かったのは「湯殿山神社本宮」。色鮮やかな紅葉が綺麗に染まり始め、見ているだけでも癒されそうな湯殿山神社は、「語るなかれ、聞くなかれ」ともされる神秘的な 御神体で有名だそうだ。「御神体」とは、神社の祭祀の対象になる存在のことで、それぞれの神社によってその形態が違い、鏡の場合もあれば、剣や玉や石・木など様々だが、湯殿山の御神体はその 形が特別だそうだ。見たことを人に話してはいけないくらいなので、写真撮影はもちろん禁止。
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ここの御神体は、自然体そのもので、見るだけではなく直接体験(?)することもできる。あまり語りすぎると、せっかくいただいたパワーが効かなくなるかも知れないので、この辺で説明を終わらせていただきたい。
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「パワースポット」、現代人の心が安らぐ場所
今回の旅で、日本、特にここ山形では、昔からの山岳信仰が強く残っていて、さらにそれを守っていこうとする努力がとても素晴らしいと感じた。昔ながらの大自然の恵みや先祖の教えを大事にし、きちんと守っていくその姿は、追いつかないくらいの早さで進歩する科学技術や溢れる情報の中で、自分の居場所を見つけられていない現代の人々に心の安らぎを与えてくれているのではないかと 思う。そして、その安らぎの場所が、いま流行りの「パワースポット」として注目されているのではないか。
パワースポット、これは日本の独特なスピリチュアル文化が現代の人たちにどのように受け入れられているかがよく分かるキーワードなのだ。
木
07
10月
2010
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私は9月7日に同僚と一緒に出張で山形県内を視察した。置賜を回って、私がこれから3年間住むことになる地域に会うことはとてもいい機会であった。
これからの国際交流員の仕事のとても大切な部分の一つといえば、自分の住んでいる地域に対する知識や誇りを持つことだと思う。その日いろいろ回ったけれども、一番この目的に当たる場所は夕鶴の里であった。そこにはいろんな歴史的なものが並んでいた。そして、日本の昔話「鶴の恩返し」が初めて語ったのはこの地方だということが分かった。この話は日本中で語られていて、100話以上のバージョンがあることで私は驚いた。後は道具、機織りの機械などを見て、日本の昔の生活をもっと理解することができた。でも夕鶴の里で一番印象的な山形の郷土文化の経験というのは、具体的なものではなかった。
語学に大変興味のある私は、初めて日本に来た時からずっと日本の方言に興味があった。今まで一番長く住んだ日本の地方は東京なので、一年間住んでいても方言を体験する機会は少なかった。だから山形に来て、特にオフィスで働いているときに周りにチラッと聞くなまりが私にとても面白い出来事である。オフィスで聞いても、私に向けたちゃんとした話といえば最近まで一番長かったのは私のアパートに近い酒屋のおじさんの話だった。
でも、夕鶴の里で山形の方言をよく聞くことがやっとできた。立派な部屋に入って、座布団に座りながら語り部さんに昔話を聴かせていただいた。話し始めてから終わるまで、彼女の表情には大きい笑顔があった。なぜかというと、自分の大切に守ってきた文化を私たちに伝える機会が与えられたからだと思う。語り部さんはそれを果たすために一生懸命努力していた。言葉が全部通じなくても、そのことはよく分かって、とても印象的だった。
これからほかの地方での視察をするのも、山形県の独特なところを見るのも、とても楽しみにしている。
日
05
9月
2010
山形に来る前から、山形は日本一の芋煮会で有名である事を聞き、この日の訪れをずっと楽しみにしてきました。芋煮が秋に行われる季節行事であるのにも関わらず、今日は34度の猛暑の中で芋煮会を初体験しました。必死にうちわで仰ぎ、汗だくになりながら芋煮を食べていた人々の姿もなかなかの見物でした。青く透き通った空、四方八方にある山、そして新しく出会った友達と職場の方々に囲まれて食べた芋煮の味はなんとなく懐かしい味がしました。ちなみに、味付けの方は味噌と醤油の二種類があったはずなのですが、私は未だにその区別が付きません。
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